映画『わたしの知らない子どもたち』感想|ふとっちょオヤジの本音レビュー

映画館のポスター 映画

今日は映画「わたしの知らない子どもたち」を観にいってきました。
観に行ったのは、久しぶりの新宿ピカデリーです。

今日は午後から用事があったので、朝イチ8:30からの回です。
というわけで、7時前の早朝に家を出て新宿に向かいます。

せっかくなので、ちょっと贅沢にロマンスカーで。
朝の静かな車内でゆったり座って新宿まで行けるのは、なかなか気分がいいものです。
早起きはちょっと大変でしたが、こういう小さな贅沢があると、それだけで一日が楽しみになります。

いつもは近所のイオンシネマやミニシアターが多いので、新宿まで映画を観に出かけるのは久しぶり。
大きな映画館の雰囲気も、たまにはいいものですね。

この映画は、太平洋戦争末期の日本から始まります。
まだ庶民が「日本が勝つ」と信じ、貧しさとも戦っている中、
物語は疎開先の学校から始まります。

やがて日本は戦争に負け、疎開先から東京に戻る少女が主人公となり、
その後の生き様が描かれていきます。

戦争が終われば、それで終わりというわけではありません。
むしろ、戦争が終わったあとにこそ、厳しい現実が待っていた。
そんなことを、この映画は静かに教えてくれます。

疎開先から東京に戻っても、両親は空襲で亡くなっていました。
そして、戦地から戻ってきた唯一の肉親である兄も、精神を病み、自ら命を絶ってしまいます。

天涯孤独となった少女は、戦争孤児のグループの中で、
戦後の東京を逞しく生き抜いていきます。

大人に頼ることもできず、子ども同士で助け合いながら、その日その日を生きていく。
その逞しさに、驚かされると同時に、なんとも言えない切なさを感じました。

子どもたちだけで、混乱した戦後の東京を生きていく。
今の時代からは想像もつかないような日々ですが、
実際にそうやって生きてきた子どもたちが大勢いたのだと思うと、胸が詰まります。

孤児グループにとどまるためには、女の子であることを隠さなければなりません。
長かった髪を短く切り、男の子として生活しています。

しばらくはこの男の子が琴子だと気づかず、
「琴子はどうなったんだろう?」と思いながら観ていました。
それだけ、見た目も振る舞いもすっかり変わっていたということなのでしょう。

そして、主役の琴子を演じたのは、500人のオーディションから選ばれた新人ということ。
それでいて、見事に演じきっていました。
新人とは思えない存在感に、すっかり引き込まれてしまいました。

自分の正体を隠しながら生きるというのは、子どもにとってどれほど心細いことだったでしょう。
その不安や強さが、表情や仕草から伝わってくるようでした。

この戦後の混乱の中で、命を落としていった子どもも大勢いたのではないかと思います。
それでも、生き抜いた先に少しの希望が見えた作品でした。

やはり、戦争は人間を狂わせるんだと、改めて気づかされます。
戦争を知らない世代として、こういう映画を観ることで、
少しでも当時のことを知っておくことが大切なのかもしれません。

観終わったあとは、ずっしりと重たいものが心に残りました。
それでも、観てよかったと思える作品です。
今の自分たちの暮らしが、こうした時代の上に成り立っていることを、忘れないようにしたいものです。

2時間を超える長い作品で、しかも早起きをしたので、だいぶお腹が空いてきました。
ランチは、前の晩に調べておいた歌舞伎町の路地裏にある「つるかめ食堂」という定食屋さんへ。

開店直後で、お客さんはまだ2組のみ。
割と安めな値段設定の定食から、アジコロ(アジフライとコロッケ)をチョイスしました。

熱々さくさくのアジフライとコロッケが二重丸です。
揚げたてのフライは、やっぱりたまりませんね。

また、テーブルに置いてあった「キムチごま」のふりかけが美味しかったです。
ご飯がどんどん進んでしまいました。
食べ終わってお店を出る時はすでに満席となっていましたので
歌舞伎町でも人気のお店かもしれません。

映画の重たい余韻を抱えながらも、温かい定食を食べると、なんだかほっとします。
美味しいご飯を食べられるありがたさも、今日はいつもより身にしみました。

早起きしてロマンスカーで新宿へ、戦後を生き抜いた子どもたちの映画、そして路地裏の定食屋さん。
朝から盛りだくさんの一日でした。
「つるかめ食堂」は、また食べに来たいお店です。
新宿で映画を観るときの楽しみが、一つ増えました。

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